奪い合いから分かち合いへ

アチーバスから学べること

示唆する力を磨く

示唆する力を磨く

アチーバスって何度もやるものですか?

 

何度もやることで学べることがいくつもあります。

内容は立場や人によって違いますが、今回はマネジャーの立場から見てみましょう。

メンバーの主体性を引き出し、仕事に意欲をもって取り組んでもらうと試行錯誤されていることでしょう。

その鍵は何でしょうか?

私は示唆することだと考えています。

仕事が面白くなるキモは、仮説があたることです。

仕事の依頼の段階で、やり方まで細かく指示してしまうと考えなくなります。

 

子供の微笑ましくもあり、時として辟易する

「なぜ」「なに」。新しいものに取り組み、何でも自分でやろうとします。代わりにやろうとすると怒られてしまいます。

子供のころに溢れていたあの主体性や創造性は、いつ、どうやって失われていったのでしょうか?

 

人には本来「自分で見つけたい」という欲求があります。

子供の頃は十分にあった試行錯誤する時間が減ってゆきます。

習い事や塾などやることがたくさんあり、じっくり、考えるよりも手っ取り早く答えを知ろうとするようになります。

学校で教えられていることのほとんどは答えがあることです。

問いには答えがあるという世界観が、手っ取り早く答えを知ることを求め、答えを教えられることで考える力や問い続ける態度が失われてしまいます。

また、教えようとする人もが多くいます。

なぜなら、教えることで自分が「優位」に立ちたいから、あるいは、答えを教えて簡単にすませたいという「怠惰」があるからです。

とはいえ、うまく関わらなければ注意を向けることもありません。

不思議に思うことや一見関係なさそうな因果関係など世界が広がる知識をどうやって手に入れるのか?

 

注意を向けさせる<問い>が重要なのです。

しかも、その人を観察して、気づくキッカケになる問いを絶妙のタイミングで。

それができるようになると発見する楽しさ、学びあう喜びを知る組織づくりに近づきます。

自分がそうするだけではなく、そうしてもらった人が、その先の人にもそうしてゆく連鎖をつくってゆく。

だって、そうした方が楽しいじゃないですかっていう理由で。

 

初めての参加者ばかりでも、和気あいあいと助けあって50分くらいで全員が達成してしまうような場になるには、そういう<問い>で導く人がいます。そういう気づく人、導く人になることができたら、どんな場にいても一緒にいて欲しい人になります。そうなるまで一緒に何度でも試行錯誤しましょう。

注意のコントロール

注意のコントロール

初めての状況、わけがわからない状況に直面した時、何をしますか?

アチーバスを初めて体験した人がよく「ルールが難しい」「覚えていられない」ということを口にされます。難しいといっているのはルールではなくパターンです。このパターンがわかると余裕ができてきます。覚えていられないという人は、おそらくすべてのことを記憶しようとしています。必要ないことは忘れる必要があります。

初めての体験、わけがわからない状況で、不安に飲み込まれてしまわないために、注意のコントロールが必要です。集中力と言われていることの本質は、この瞬間もっとも重要なことに注意のカーソルを向け続けることができるということなのです。
人間にとっての最大の制約は1秒間にできる情報処理が110bitだという『認知の限界』です。この限られた注意を必要な対象に向けなければ、何も理解できません。混沌とした制御不能な状況の中で途方にくれてしまいます。

この制約を克服するために、発達させたのが、無意識の選択パターン、つまり、『常識・習慣』であり、こんな場合にはこうしたら良いという対応のパターン、事例です。自転車に乗ったり、ギターを弾いたりできるようになるのは、無意識のうちにできるようになるからです。知らなくてできないから、意図してできない、意識すればできるから、無意識でできるになるまで段階を追ってできるようになってゆきます。わけのわからない状況とは、目の前の状況に対して、どのような過去の事例を適応すれば良いのか戸惑っているということです。慣れ親しんだ仕事では、考えることなく必要な行動ができるのです。私たちが成長するのは未知のことに取り組む時です。わけがわからないことでも必ずできるようになるという自信はどのようにして身につけることができるでしょうか?

わけがわからないことに取り組むには集中力が必要ですがそれは非常に少ないことが知られてます。集中力をやりくりすること、一日24時間という限られた時間、そしてお金、やりくりすることは、すべて、マネジメント問題です。マネジメントの本質は最も大切なことを大切にするということ。あれやこれやとやろうとすれば、混乱して重要なリソースを使い果たしてしまいます。一つに絞らなければ、無駄なことに関わって幸せから遠ざかります。絞るということは、勇気がいることです。何かを選べば、何かを諦めることになります。もし、違った選択をしていたらと考えることが選択を鈍らせます。これ以外は必要ないと決めるにはどうしたら良いでしょうか?

状況に対して、被害者になるのではなく、自分の無意識の選択パターンに気づき、自ら仮説を立て、勇気をもって絞り込み、限られたリソースを有効活用して、できるようになるまで試行錯誤する機会の重要性は強調してもし過ぎるということはなさそうです。

ありえないをありえるに

価値とは一体何でしょうか?

私がこれまで取り組んできた経験から言えるのは、その人にとって有益な変化だといえます。

変化

お腹がすいていたのが、食べたら、満腹になった。

悩んでいたことが、相談したら、すっきりした。

電車で10時間かかるところ、飛行機に乗ったら2時間で行けた。

これらの変化、違いをつくり出すために時間を使い、知恵を出して対価を得ているわけです。この変化が得がたいものであればあるほど価値が高くなります。

私自身が最も価値を感じているのは、自分だけでは気づけなかった思い込み気づき、ありえないと思い込んでいたことか可能になることです。

 

思い込みに気づき、世界観が変わるような機会にはプロジェクトラーニングや映像を使った対話などがあります。

一般的な研修やコンサルティングは多くの場合、受講者は受身になったり、一部の人が主導していてそれに従っているだけで、主体的に参加していない状態になることがおこりえます。

全員参加の組織にするためには、日頃消極的な人にこそ積極的に参加してもらいたいです。本当はできるのに、他の人がやってくれるからと一歩引いているだけで、みんなで協力したらこんなことができるんだと体験してもらい、その違いを生み出しているものは何かのか?そこに現れた事実をもとに、その人自身に発見してもらいたいのです。人には本来「自で見つけたい」という欲求があります。とはいえ、気づくキッカケがなければ注意を向けることもありません。不思議に思うことや一見関係なさそうな因果関係など世界が広がるきっかけをどうやって手に入れるのでしょうか?

絶妙のタイミングで、<問い>によって注意を向けさせ、その人が既に知っていることとつなげる働きかけを媒介といいます。相互に媒介ができるようになると発見する楽しさ、学びあう喜びを知る組織に近づきます。

できる、できないは、多くの因子が複雑にからみあっています。単純にこうすれば良いといえるものではありません。とはいえ、人は一度にいろんなことはできません。たった一つに絞る必要があります。ゲームは複雑なものを複雑なまま保留して直観的にここから始めて、段階を踏んでゆけば良いのだということをメッセージするツールとして優れています。

最初にアチーバスを共通体験として共有していることによって、プロジェクトで壁にぶつかっても、これはアチーバスのあの部分に似ているよね、ということは、こうなっているからこうすれば良いんじゃないかと話し合うことができます。気づきは一瞬でも価値として定着するには長い時間がかかります壁にぶつかったら、ここにもどるという場があることはプロジェクト推進において非常に役立ちます。

ポジティブな態度〜楽しそうにやる

ポジティブな態度〜楽しそうにやる

企業人が初めてアチーバスをやるとたいてい山札を残して時間切れになります。眉間にシワを寄せて、会話も少なめです。正しくやろうとして時間がかかってしまうのです。初めての時には失敗に対する恐れが、考えても仕方がないことに時間をかけさせて、進むのを遅れさせてしまいます。

同じことが職場でも起きていませんでしょうか?すぐに着手すれば良いことが実行されない。先送りにするために、自分は悪くないと言い訳をしなければいけなくなる。自分が悪くないのだとしたら、他の誰かがわるいのだと犯人探しが始まるか自分はこういうことには向いていないのだと自己否定をしたり、それをさせる上は自分のことをわかっていないと他責になってしまう。周囲を見回して、他の誰かの後ろについてゆこうとしたりします。

ベトナムと日本を行き来する生活をしていた時に、日本に帰ってくる旅に感じていたことがあります。「なぜ、こんなにも日本はネガティブなのだろうか?テレビや新聞には、事件や評価批評ばかりで、政権は1年も持たない。どうして、みんなで協力しあって良くしようとしないのだろうか?ということです。

なぜ、こんなにも失敗を恐れるのでしょうか?場がネガティブだと闘争逃走本能が刺激されて、人に優位に立とう、失敗しないようにしようとしてしまいます。かつて、猛獣に比べてひ弱な人間が生き残るためには、危機にあたって闘うか逃げるかは重要でした。

このネガティブな感情に比べて、ポジティブな感情は何の効果があるのかわかりませんでした。ポジティブ心理学者のバーバラ・フレドリクソンはポジティブであることの効果として拡張形成効果を発見しました。ポジティブな感情は能力がを拡張させ、直観が働きかせ、人を成長させます。価値創造するためには、失敗が気にならないポジティブな場が必要なのです。ポジティブな場をつくるために何が必要でしょうか?

ありがたかったことを毎日3つ書きだすことが有効だといわれてます。最初は、何も思い浮かばないかもしれません。それでも、書くために気にかけているとありがたいことが目につくようになります。自分がしてもらってありがたかったことを他の人にするようになると自分には貢献できることがあるということでますます気分が良くなります。

楽しそうにすることは、悪いことに目をつむって現実逃避をすることではありません。自分は必ず道を見つける。そのための試行錯誤を数多く早くやるという意思です。ポジティブ度を高めることで、失敗を恐れず、すぐにやる、主体的にやる、できるまでやる環境をつくり、私たちの中にある才能を開花させることなのです。

全体を俯瞰する〜自分事の範囲を広げる

全体を俯瞰する〜自分事の範囲を広げる

良かれと思ってしたことが、短期的には良くても長期的に見たら全体の利益に反していたということがおきます。一見利己的に見える人も意図は善意で単に自分事の時間的・空間的範囲が狭いだけかもしれません。

リーダーシップは方向性を示すことです。方向性を示すには全体を俯瞰する必要があります。どうやったら全体を俯瞰して方向を示すリーダーシップを高めることができるでしょうか?

アチーバスの中で参加者はいきなり、全体を俯瞰することはありません。最初は、自分の手札を見ています。パターンを発見するにつれて、他者のことを気にかける余裕ができて、隣の人と関係ができてきて、原則カードがある程度場に出てきてようやく全体を俯瞰できるようになります。重要なのは、自分ごとで考えられる範囲が広がるスピードのようです。自分事の空間的・時間的範囲が早く広がる人もいれば、時間がかかる人もいます。その違いは何なのでしょうか?

アチーバスが示唆してくれることは、全体を俯瞰することができれば、特定の誰かが指示しなくても、各自が判断して適切な行動を取りうるということです。ゲームのルールが変わってしまえば、今までの自分にメリットをもたらしてくれていたものが無用になってしまうかもしれません。だから、目の前のことを一所懸命やる、仲間と協力しあうだけではなく、どのようなゲームに参加しているのか?ゲームのルールが変わるとどうなるのか?考える必要があります。

皆さんがアチーバスにおいて協力したのは、そうした方がうまくいくようにデザインされたゲームだからです。

このような職場の方が、楽しく創造的に仕事ができて良いのだとしたら、仕事のルールをどのようにしたら良いでしょうか?

価値が生まれる場づくり

価値が生まれる場づくり

どうやったら、苦労を厭わず、うまくいくかどうかわからない創造を実現することができるようになるのでしょうか?

学祭や体育会など、全員で協力しあって、惜しくも達成できなかった。あるいは、ぎりぎり達成できた(フローに入れた)という人ほどまたやってみたいと思います。仕事もこうだったら良いのにと思います。このように思わず夢中になってしまう要素は何でしょうか?

私の考えとしては3つあります。仮説があたること。相手と一緒に喜びあえること。全体像を俯瞰できることです。

仮説を立てるためには、そもそもそのことに取り組む理由や目的、価値観の共有が必要です。

わけがわからない状況の中にでも、こうやればうまくいきそうだというパターンを見つけるためには、関係ありそうな事実に着目する注意のコントロールも必要です。

さらに、必要な行動を続けてゆけば必ず道は見つかるという経験にもとづくポジティブな態度です。

これらの6つの要素が絶妙にデザインされたときに価値が生まれる場ができます。

逆に面白くなくなる要素は何でしょうか?

やる気や創造性を奪うものには以下の3つがあると言われています。

評価(褒められる、けなされるに関わらず)

強制

報酬(お金を与える)

こどもの頃、多くの人は上手い下手に関わらず、時間を忘れて何かに没頭したことがあるのではないでしょうか?

絵を描いたり、歌ったり、野山を駆け回ることを、いつ?なぜ?止めてしまったのでしょうか?

「趣味のような仕事」という一方で、「趣味を仕事にすると苦しい」といったに矛盾した表現が存在します。

一体どういうことなのでしょうか?

ただ、好きでやっていたことが、メリットやほめられることを意識した瞬間に、無意識のスイッチが切れ無我夢中モードに入れなくなってしまいます。

最初、がむしゃらにやっていたチームが勝利を意識した瞬間硬くなって、自滅してしまうということがあります。

こういったことは、多くの人は、知識としては知っていることでしょう。

ただ、知っていることとできるということの間には大きなギャップがあります

結果が出るまでには地道な試行錯誤が必要です。始めたものの途中で立ち消えになってしまった経験は誰にでもあるのではないでしょうか?うまくいうという見通しを持てないことに取り組む余裕はないのです。 実感をもって取り組んでもらう方法を探していました。TEDの映像を観てもらったり、本を読んでもらったり、あるいは事例を語ってもらって、ワールドカフェなどのワークショップに取り組んで来ました。その中で、ゲームによって疑似体験をしてもらうことが有効でした。全体像に納得することができれば、スタートを切れます。